欧米系メディアの反応は、僕が予想した通りの方向にどうもなって来ましたかね?!(以下はmsn産経ニュースです)
タイの首都・バンコクの繁華街を占拠して続けられたタクシン元首相支持派の反政府デモは、政府の強制排除によって2カ月ぶりに一応の終息をみた。
米紙などはデモ長期化の原動力を多くの市民が軍などによるエリート支配の不公平さに気づいたからと指摘、急速な経済発展に政治が追い越された結果だと断じた。
一方、地元紙にはタクシン派への批判が掲載され、社会には深い亀裂が残った。
■ “鉄の三角形”が崩壊の危機に
17日付のウォールストリート・ジャーナル(アジア版)は、騒乱に見舞われたタイで、国王の権威を中心に軍、エリート官僚が社会を動かす“鉄の三角形”が「崩壊の危機に直面している」と分析する記事を掲載。
今回の騒乱を国王が収拾できなかった現実を目の前に、人々はタイが目指すべき民主主義システムのあり方を模索し始めたと指摘した。
記事は、タイでは「軍がその発展の主要な役割を担ってきた」と位置づけ、タイの精神的な権威の象徴である国王と連携して政治にも影響を及ぼしてきたと解説した.
しかし82歳と高齢で病気がちの国王が、今回の騒乱については「沈黙を守り続けた」と指摘。
「国王が死去した後の国の姿を憂慮し続けたタイ国民は、その姿を垣間見ることになった」と論評した。
1946年に即位したプミポン国王は世界で最も長く王位にあることで知られる。
記事は、即位当時の国王が軍の支援を受けて東南アジアを席巻した共産化の波に対抗した一方、軍も国王の名のもとに権力を拡大するなど、長年にわたり両者が共存関係にあったと指摘している。
一方、軍やエリートに従順だった国民は、経済成長を背景に裕福になるにつれ「権力がいかに不公平に分配されているか」に気づいたと解説。
その不満を巧みに取り込んだのがタクシン元首相だったと分析した。
記事はそのうえで「軍と王制の関係について見直すべきだ」(ガシット外相)などの主張が公然となされている事実を紹介。
「私たちが議会システムのなかで問題(騒乱の原因となった意見対立)を解決することができたならば、今回の出来事も意味のあるものになる」とする与党議員の意見で締めくくった。
(黒川信雄)
■ 政治の成熟度が経済にぬかれた
17日付の国際紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは、タクシン元首相派の“軍事顧問”とされた陸軍少将(17日に死亡)の狙撃現場に居合わせたトーマス・フラー記者の記事を掲載。
デモ隊と治安当局が激しく衝突したタイの騒乱は「政治が、富の増大と同じ速さで発展することができなかった」ことが背景にあると論評した。
デモ隊が占拠した地区の近くに住む同記者は、瀟洒(しょうしゃ)なアパートの自室の、床から天井に達する巨大な窓から一望できる夜景がお気に入りだった-と述懐する。
その豪華な窓は、バンコクの急速な発展や治安の改善を象徴していたという。
だが、衝突の激化以来、同記者はアパートでも「体に合わない防弾チョッキとヘルメットを着用して」過ごすほど身の危険を感じるようになった。
このギャップを同記者は「バンコクの建築物は、政治的な成熟度を追い越してしまっていたようだ」と表現する。
具体的には、バンコクでここ数週間、現政権に反対する低所得層中心のタクシン派と、中・高所得層を核とする政権支持派がともにデモを繰り返して対立した事実を挙げ、「両者とも、政治を路上に持ち込んで民主主義を過激化するという(タイ政治の)遺産を共有している」と、議会政治が十分に育っていない現状を指摘した。
記事はまた、タイでは近年、軍によるクーデターや国王の健康悪化に対する国民の不安などから火種がくすぶり続けていたと分析。
最後はやや感傷的に、「タイの民主主義がその首都の近代性や雄大さに見合うだけの成熟したレベルに達するまで、一体いくつの銃弾がバンコクの空を飛び交うのだろう」と、今後も不安定な政治・社会状況が続くとの見方を示した。
(大内清)
■ 「バンコク人質」タクシン派を批判
「これは長い手紙になるだろうが、何がここ、タイで起こっているのかを理解してほしいと思う。海外メディアによるバンコクに関する報道に反論したい」
19日付のタイの英字紙バンコク・ポストに掲載された当地在住の企業家の寄稿には、今回の事態をめぐる欧米各紙やテレビの報道ぶりに、タイの知識層の多くが抱いた不満が凝縮されていた。
海外の友人たちに語りかける形で書かれた寄稿は、「みんなは、テレビで兵士が発砲し、けが人が運ばれる30秒ほどのシーンはみても、経過は知らないだろう」として、政府が強制排除に踏み切らざるを得なかった事情に理解を求めている。
また、「デモ隊が平和的だというなら、なぜ爆発物まで投げるのだろう。われわれバンコクの住民は法を守り、文句を言うだけなのに。
今回はバンコクが、身代金目当てに捕らえられたのと同じだ」と、和解提案を受け入れず、不法占拠を続けたタクシン派の姿勢を批判した。
さらに「もし、シンガポールのオーチャード通り、ニューヨークのタイムズスクエア、東京の銀座などを、たくさんのデモ隊が2カ月も封鎖したら、あなたの国の政府はどうするだろう。
タイ政府と同じように2カ月も我慢したのか」と、今回の強制排除はむしろ遅すぎたぐらいだとの考えをにじませている。
アピシット政権が、選挙の洗礼をうけていないから正統性がないという批判に英字紙ネーションはこう反論した。
「連立与党の議員はみな選挙で選ばれた。野党議員もそうだ。しかし、(タクシン派の)反独裁民主統一戦線(UDD)幹部は選挙で選ばれていない。その彼らが力で政治的要求を政府にのませようとするのは、クーデターと同じだ」
(バンコク 宮野弘之)
まぁ~ウォールストリートジャーナル、ヘラルドトリビューンの記者達が採用している方針は
どっちにせよ、国王が仲介出来ないと民主主義だの何だの言った所で、こんな(我々欧米人が予想した通りの)レベルでしかないってことで、これ迄順調過ぎたんでタイが第三世界だってことを自戒を込めて忘れないようにしようじゃないかっ!
ってことでしかないですね(アハハ)。
ただ、WSJの記者が言う所の
- 「国王が死去した後の国の姿を憂慮し続けたタイ国民は、その姿を垣間見ることになった」と論評した。
ってのは”何を指しているのか(つまり主語が何か)”若干不明ですけど(知っていても記事に出来ない、ってぇなら分かりますが:爆)誰が国王の死後を憂慮「し続けた」のかは、まぁ~一般の国民ではないことは確かですね(普段は、ヒソヒソと話はしますけどね、どっちが良いかってな辺りは。。。)
それに以下の文章ねぇ
”従順”かどうかは、ともかく、以前から此処で何度も書いているように一般国民の認識は”自分達とエリート層は役割が違う”のだかから、と言うことであって従順だった訳じゃない、どちらかと言うと自分達には関係の無い世界の話、だったので支配層なりエリート層がそうした国民の無関心に付け込んだに過ぎない訳ですし、あの文章の後に続くような
- 経済成長を背景に裕福になるにつれ「権力がいかに不公平に分配されているか」に気づいたと解説。
その不満を巧みに取り込んだのがタクシン元首相だったと分析した。
ってな分析だか論評も、欧米向けと言うか欧米が理解可能な理由を付けたに過ぎない印象を受けますね(書いた本人も実は理解出来ていないかもね・・・)。
確かに、タクシン時代は、クレジットカード発行枚数や消費者金融(サラ金ね)が爆発的に膨れ上がったのは事実ですけど、単に審査が緩くなっただけの話で信用保証力が向上した訳でもなんでもないんで、簡単に多重債務問題等が表面化してしまいました(日本の金融機関のATMでもVISAやMasterであっても受付け拒否をする筆頭になっていたと思いますが)
Note:
地方の農民には幾ら土地(農耕地)を持っていても、実は一般の銀行は融資をしなかったんですね、タクシン時代でもです。
その理由は、農民の収入が安定的且恒常的ではないことが最大の理由なのですが、そうした一般銀行でさえも家族の中で一人でも都会(バンコク等)で定期収入がある就業者が居ると、その人間を名義人にして且農耕地に担保を設定した上で融資する・・・ってなことは行われていました。
当然、その際には、給与証明なり納税証明なりの公的書類の提出が義務付けられますので、illigalな商売や水商売やってる人達には無理な制度でしたけどね・・・
早い話が、米国のサブ・プライム的な裕福さを一般国民が味わえていた訳ではないので、タクシンがやっていたのは、財源の裏付けを全く採らない30Bhts医療だのと言った一種のばら撒き政策でしかなかったんですが、それはそれで目の前の劣悪な状況が一気に改善した”かのような錯覚(であっても見えますから、具体的にね)”であっても良くはなったことは確かですんで、そうしたことと”富の配分が不公平だ”ってな高度な概念はあく迄の欧米人特有の希望的観測に基づいた分析でしかないでしょうね。
Note:
実際の所、第二次タクシン政権が発足する総選挙の際には、前回の選挙でタクシン派がばら撒いた”一集落当り10,000Bhtsの金”は貸与したモノなので回収する、ってなこと迄やっているんですね(笑)。
その理由は、選挙違反になる証拠を隠滅するなんて理由よりは、その10,000Bhtのお陰で、候補者が集落へ選挙運動へ出向くと、その集落の長老が平然と”あの候補者は1票100Bhtと言ってんがアンタは幾ら出すね?”的な状況が目に余るようになってしまったことが原因ですからね・・・
ヘラルドの記事は、もぉ~書くことが無いもんだから、仕方なく書いた・・・ってな雰囲気ですんで、何もコメントする気はありません・・・アハハハ。
問題なのは、Bangkok Postです(此処でもリンク設定していますが、説明に”眉唾”で~っと書いているように、反タクシン運動の元々の首謀者が社主ですから、内容は完全に”半値八掛け”でも未だ危ない(笑)。
まぁ~、記事ではなくて”寄稿文”を装っている辺りが・・・まぁ~泣かせますけど。。。
こんなことをこの文章を書いた人間が本気で考えているなら、アンタホントに企業家かい?っと疑いたくなる、それは
- さらに「もし、シンガポールのオーチャード通り、ニューヨークのタイムズスクエア、東京の銀座などを、たくさんのデモ隊が2カ月も封鎖したら、あなたの国の政府はどうするだろう。
タイ政府と同じように2カ月も我慢したのか」と、今回の強制排除はむしろ遅すぎたぐらいだとの考えをにじませている。
タイとシンガとニューヨークと東京を一緒にするなよぉお~!
ってことですね・・・・
タイトシンガを比較するなら(前にも書きましたけど)
- シンガはリー一族の独裁国家なので、民主化運動等、口にしただけでその人間は消えて居なくなるのでそもそもmini集会レベルでも起こる訳がないので、そんなシンガに比べるとズゥ~~ット、タイの方が民主化してるじゃないかっ!
ってのが正解ですし、NYの場合は
- 不法入国者であろうがなかろうが”今、自分は、憧れのアメリカに居るっ”っと言うだけで宗旨替えをするムスリムのように(苦笑)自分を先進国の人間のように見せようとしますから、阿呆な騒乱を起こすのは先進国の人間じゃないっ!ってな見栄から今回のような誰も出口が何処にあるか分からない事態は引き起こさない。(パフォーマンスに長けた議員や弁護士が居るってのも理由かなぁ~)
日本の場合は、ってぇと・・・
- 暴動起こす起こす程のPowerが既に無いので、機動隊も暇で暇で。。
NYと東京の場合は、民主主義が成熟しきってしまうと結果こうなる、みたいな典型だと思いますけどね・・・ですんで、Bangkok Postの寄稿文は、タイ国民の民主主義に対する認識は(やはり)こんなモンなんだ、っと言うことを裏付けてしまうことを全く理解していない人間が書いたってな変な証拠になってしまう。
民主主義、自由主義ってのは、お互いが自分勝手なことを言ってもやっても良いが(ちょっと乱暴ですがね)最後は話し合いで”妥協点を見出す事”なんだってことの後半部分がズッパリ抜け落ちて前半部分だけが一人歩きをしてしまうのが第三世界、発展途上国の常ではあるんですけど・・・それをそのままやっちゃうようじゃぁなぁ~、ってことですね。